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母の悩みとTおじさん(Tお兄ちゃん)のこと。 [Dialy]

先週は、忙しすぎて、毎週金曜日に実家に電話しているのだが、電話ができなかった。


そうしたら、母から「大丈夫?平気?」ってメッセージがきた。


いやいや、、あのーー、、、私は、両親が心配だから電話しているのだけど、両親からしたら、こんな年になってもいつまでも私は子供のようだ。


週末にお泊りした友人までも、実家から子供に電話があって、「お泊りするなら、連絡しなさいよとママに伝えてね」と。彼女の場合は、実家が、すごく近くにあって、よく見える位置なのだ。だから、、、、というものもあるのかもしれないけど、娘家族の動向が気になるらしい。


 お互いの親ともども、いくつになった子供でも心配みたい。


・・・さて、そんなことで、早めに電話しないとなあと思って、昨日母に電話を入れた。


主に母が話したかったことは、そろそろお迎えが来る父の一番下の弟のことだった。


少し叔父さんについて話をすると、まだ私が学校に通っていたころ、小学生の頃は、まだ同居していた。


タバコをよく吸い、部屋は雑誌とたばこまみれ、茶色になっていた部屋にいた。


当時、そんなにいっぱいお話をした記憶はないが、害があったわけでもない。ただ、おじさんの読む少年雑誌が


面白そうだなあと思ったのと、たばこは嫌だなって思った記憶ぐらいだ。


でも、いつの間にか、もう一人上のおじさんの家がある開発された住宅地の一軒家に引っ越していった。


その詳しい内容はよく覚えていないし、いつ出て行ったかも記憶にはない。


その後、、、どれぐらいたったのか覚えていない。だけど私はもう小学生ではなく、高校生ぐらいになっていたような気がする。


 そんなころ、Tお兄ちゃんは、サラリーマンをやめて、プータロー(と昔は言ってましたよね?)今でいうフリーターになっていた。


 定期的に祖母が、Tお兄ちゃんの家にお掃除をしたりとかしに行っていたので発覚したらしいが、さすがに無職はよくないだろうということで、我が家は商売をやっていたので、その商売を一緒にやることになった。


 というか、父が長男で、祖父の仕事を引き継いでいたし、次の兄もその仕事をやっていたので、まあ、家族経営の一端として、働くことになった。


サラリーマンよりもこっちの方があっていたようで、定年までずっと勤めてくれた。口数は少ないけど


とてもやさしいおじさんだった。今でも、Tお兄ちゃんと呼んでいる。


それから、ずっと、、、もう何年も、両親がお店をたたむまで、、真面目に働いてくれた。



 両親が長く旅行に行く時などは、畑(田舎ではあるあるの庭にちょっと野菜を作ったりとかねw)や庭の水やりをやってくれたり、お店のお手伝いをしてくれた。


…確か、去年だったと思うのだが、Tお兄ちゃんが、末期がんということがわかった。その時医者に言われた余命は、1か月。


 近くのがんセンターへの通院は、車の運転ができないTお兄ちゃんを乗せて、母か父が送迎を担当した。


 何故か抗がん剤治療も何度かやり、症状も落ち着いたのか、、まあ、一人で生活をずっとしていた。途中入院もしたかもしれない。けど、今はあまりよく覚えていない。


 去年の秋ごろ、ふと沖縄旅行にもTお兄ちゃんは、行ってきたりした。なかなか医者のいうことなんてあてにならないねーといって、冬になる前に、家のトイレを和式から洋式に変更したりしていた。

寒いからって一人用のこたつも買ったりしていた。


 ある時、Tお兄ちゃんが、通帳と印鑑を一式、うちの母に渡した。それから、家にあるお金になりそうなものももってきた。後はこれでよろしくという意味だったのだろうか。


・・・そして、今年の3月。とうとう、吐血した。連絡を受けた両親は、Tお兄ちゃんの家に行き、救急車を呼び、父が救急車にのって、母が車を運転し、がんセンターへ。


胃にある癌に食べ物が当たると粘膜に傷が付きそれで出血してしまうそうだ。Tお兄ちゃんは、栄養は点滴からいれることになった。胃ろうはしないとも。


 最初入院は、1か月ぐらいといってたけど、食べられない状態だし、放射線治療をしても肝臓と胃がくっついてしまっているので、それも無理。自力で食事ができない限り退院は無理でしょうと。


 すなわち、もう、家に戻ることはない。


母は、Tお兄ちゃんの洗濯物をとりに2日に一度病院に行き、新しいものと交換している。そして、渡された通帳から、その日の限度額を毎日少しずつおろしている。これらのお金は入院費用や、その後の費用に充てるためだ。もちろん今までの病院での治療費も通帳を渡されてから、そこの通帳にあるお金からおろしていた。


 それぐらい信頼されている母はすごいなって思った。


父の兄弟は、Tお兄ちゃん含めて、5人。Fおばちゃん、父、Tおじさん、Sおねえちゃん(この叔母もまだ私が小さい頃は結婚しておらず家にいたので、おねえちゃんという呼び方だ)、Tお兄ちゃん。


でも、母とFおばちゃんは、相性が悪くて、祖父が痴ほう症になった時もかなりごたごたした。


Fおばちゃんは、Fおばちゃんの旦那さんがなくなるまでは、よく祖父母に会いにうちにきていた。だけど、敬老の日に我が家に着た後、夫婦で犬の散歩中に車にはねられて、Fおばちゃんの旦那さんは亡くなった。Fおばちゃんは、なんとか一命をとりとめたけど、お葬式にもでることなく夫の死を知ることなくしばらく入院していた。


それから、命日になってしまった敬老の日には、うちにこなくなった。車の運転をすることもできないという理由もあるし、旦那さんの命日でもあるからだと思う。(この時代は、祝日は固定でした)


・・・・そして、今回のTお兄ちゃんの入院の件についてもやっぱり母ともめていた。お互い好きじゃないので、話がかみ合わない。


今はコロナで、面会もままならないのだけど今会わないと二度と弟と合えないから会いたいと思う姉。


でも母の力を借りて病院にいきたくはない。


病院は、決められた人しか会わせない方針をとっている。申請した人しか面会できない。基本は、1人だけ。母が主だって面倒を見ているので、母のみ。もしも、その他の人が会うときは、事前申請、病院の許可と責任者の母の同席が義務。


・・・だから、Fおばちゃんは、何とか母を合わなくて済むようにし、Sおねえちゃんは、そんな事情をしってかしらずか、自分のわがままで行動する。こんな時頼りになるのは、間にいる弟のTおじちゃん。


母は、話を聞いてくれてありがとうと私に言ってた。


人間関係って、難しい。私は、ちっちゃい頃から優しくしてくれた父方の兄弟のほうが好きだった。

FおばちゃんもSおねえちゃんも大好きだ。それにいつも優しくしてくれた思い出がある。


私にとっては、優しいおじさんとおばさんたちなのだ。


だから、母ともうまくやってほしいんだけど、これはなかなか難しいね。


Tお兄ちゃんは、明日73歳の誕生日。一番上のお姉さんから10歳も離れている。


兄弟の中で、誰が一番先にこの世から去っていくなんて、誰もわからないものだね。


もう、意識はないそうだ。おそらく、今週か来週が山ではないかと。


でもね。混沌とした意識の中、自分の姪っ子の子供が「T大に入ったんだ」と自分のことのように喜んでいたという話を聞いて、なんだかTお兄ちゃんらしいなって思ったりもしました。


結婚はとうとうしなかったけど、理由は、自分のお金は自分で自由に使いたいからと。奥さんを外に働きには出したくなかったしって。へー。そういう理由だったんだなあって。


お葬式も兄弟までしか呼ばないっていうことになっているので、お焼香はできないけど、優しいTお兄ちゃんのことは、私の記憶の中できっと生きてくれる。


そう思ってます。





今日の茶々もか


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お日様が当たっているところでねているもかちゃん。。気持ちよさそう


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ちょっと二人ともくっつきだして、、、、ということは茶々の調子がいい証拠


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だからか?二人して、圧をかけてきて、「ご飯を要求中」


なのだ。猫の圧力って意外と強い。



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睡眠不足 [ー茶々もか(10年目)2021]

 どうもいまいち、うまく眠れていない。寝つきはいいほうだと思うのだけど、結構起きちゃったりする。


眠れている日は、次の日が楽だ。そうじゃない日はしんどい。在宅勤務なので、ランチタイムは、ご飯が終わったらちょっと仮眠している。そうするだけでもかなり違う。


眠れるっていいことですよね。


・・・もう、桜のシーズンは終わりました。いつもの散歩道には新緑がでてきていますね。後遅咲きの桜も何本かありますが、いつも通りの生活に戻りました。


さて、今日の茶々もか


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たまに朝、甘えてきてくれるもかちゃん。



もかちゃんの温もりはたまらないです。


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私の仕事の邪魔をするもかちゃん


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あーちゃが、かまってくれないのが問題なのだ。


・・・ごめんねえ。いつも一緒だからね。皮膚炎のお薬も頑張って飲もうね。


あーちゃもいっぱい睡眠とれるようにがんばるね。


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