私の考え方の癖に及ぼしている幼少期のころの自分 [適応障害からうつ病、そして軽微双極性障害]
今日は、病院の日。主治医がいないのだが、カウンセラーの先生が月曜日だけなので仕方がない。
今日はどっちも必要だったのだけど。
まずは、60分のカウンセリング。この2週間のことを話をした。
週の後半になるにつれて、だんだんとテンションが上がってしまうこと、
今週は切れちゃって、感情が抑えられなくなって、休んだこと、自殺を考えたこと
どういうふうに会社で考えてKさんと接してきたかということ。
他人を他人として受け止めたいがそれができずに、怒りになりストレスになってしまうこと。
母と話をしたこと。
私は、「他者」との境界線をつけられる客観視できるようになりたいということ。
・・・・カウンセラーさんに言われたのは、
「今日のお話を聞いていて、私もあーちゃさんと同じストレスを感じました。淡々とお話しされている中で、
自分の感情を押し殺し、抑圧し、淡々と人と接してきたこと。ぎゅーっと押し殺しているから、辛いんですね。
人間が完璧じゃないとわかっていても、自分も100%ではないとわかっていても、頭では分かっているけど、
自分を抑圧しているから、ストレスになり、最終的には、他人を攻撃し、それは、自分への攻撃につながっていること。
おだてたりのせたり、彼女のことを認めてあげたりしながらも、それでも、自分を殺してやっているから、
本来の情緒豊かな自分でいられないこと。」
それには、幼少期に、認めてもらえなかったという思い、
これは、母や父が悪いわけではない。恵まれているか恵まれていないかという他人の家庭との比較ではない。
その時に自分がどう考えて、どう感じて過ごしてきたのか、
それがどんなに今の人格形成に大きくかかわっているのか、それによるということ。
母の思い描く女性にはなれなかった私。
そんな風に今も思うことも、その小さい子供の自分の感情を解決していないこと。
ここを解決すれば、病気が治るんじゃないかなあと。。
そしたら、
「そう、それです。ここまでたどり着いたら、治りますよ。必ず。もう、原因がわかったのですから」
って、力強く言ってくれました。次回からは、そのあたりにフォーカスを当ててやっていきましょうと。
そして、その間は、私も
「できなーーい」って両手を広げて大きく Kさんみたいに、やればいいねって。
どんなことがあっても残業はしない。疲れたら、途中で帰ること。
そうしましょうということになりました。
お医者さんの診察で、ちょっとハイになっちゃってるみたいなので、薬を見直した方がいいのか相談したけど、
主治医じゃないから、下手なことできないし、、ってことで、(薬を減らすのも増やすのも私が納得しないとね)
木曜日にもう一回病院に行くことになりました。
かなり、前進したかな。
だけど、今朝は心臓がドキドキしちゃって、頓服薬飲んで、帰ってきてからもドキドキしてもう一回飲んで、
そのあと、爆睡。。
昨日眠れなかったので、疲れていたんでしょうね
きっと。
いっつも一緒でしょ?
今朝はね、あーちゃ疲れてそうだったから、早くに起こしに行かなかったんだ。
(あーちゃ)茶々偉いねえ。ありがとね。
あーちゃ帰ってきたらすぐに玄関にお迎えもいったでしょ?
(あーちゃ)そうだね。茶々やさしいね。
もかちゃんも、あーちゃがいなくなるとさみしいから、にゃーんて鳴いていたんだよ
(あーちゃ)そうだね。だからお布団で一緒に寝てくれたんでしょ?
そうだよ。もかちゃん、あーちゃのこと大好きだから。
あーちゃは、とっても優しいママだよ。疲れていても大丈夫だよ。遊んでくれなくても平気だよ。ベランダにね、
あーちゃと一緒にでて、朝の探検するのも楽しいんだよ。
・・ありがとね。茶々もか